「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(DV防止法)が改正され、保護命令が拡充・強化されました。2024年4月1日から施行されます。
配偶者(事実婚の相手や元配偶者も含みます)から暴力等があった場合、被害者は、裁判所に保護命令を申し立てることができます。保護命令は、DV防止法に基づき裁判所が相手配偶者に対して命じるものですが、以下の種類があります。
- 接近禁止命令
被害者の住居(別居後の住所)その他の場所で被害者の身辺につきまとうこと、被害者の住居(別居後の住所)・勤務先等付近をはいかいすることの禁止を命じるもの。
この命令の実効性を確保するため、被害者と同居する未成年の子に対する接近禁止命令、被害者の親族等に対する接近禁止命令も認められます。これらは、被害者の申立てにより、被害者に対する接近禁止命令の期間に限って発令されます。 - 電話等禁止命令
無言電話や緊急時以外の連続する電話、FAXやメール等の禁止を命じるもの(具体的には後述)。
被害者の申立てにより、被害者に対する接近禁止命令の期間に限って発令されます。後述のとおり、今回の改正により、子に対する電話等禁止命令が新設されました。 - 退去等命令
被害者と共に生活の本拠とする住居からの退去と付近のはいかいの禁止を命じるもの。
【経済的DVへの対応】
今回の改正の一番のポイントかもしれません。
これまで、保護命令の対象は、身体に対する暴力や生命・身体に対する脅迫(身体的DV)の場合に限られていました。
法文上、保護命令を申し立てる資格のある被害者が「配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対する脅迫(被害者の生命又は身体に対し害を加える旨を告知してする脅迫)を受けた者」に限定されていたのです(10条1項)。
保護命令違反には罰則が定められていることから、処罰範囲を明確にすべきと考えられたためです。
しかし、配偶者暴力相談支援センター等へのDVの相談は年々増加傾向にある上、そのうち経済的DVが6割を占めていると言われており(※1)、被害者の保護が不十分と指摘されていました。
※1 https://www.gender.go.jp/research/weekly_data/10.html(相談件数)、
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo05-02.html(相談内容)
そこで、今回の改正により、接近禁止命令等の対象に「自由・名誉・財産」に対する脅迫が加わりました。
法文上、接近禁止命令等を申し立てる資格のある被害者が「配偶者からの身体に対する暴力又は生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知してする脅迫を受けた者」とされました(改正後10条1項~4項)。
これにより、例えば次のような「従わなければ○○する」といった脅迫(精神的・経済的DV)を受けた者も、保護命令を申し立てることができることになりました。
- 「仕事を辞めさせる」、「外出させない」(自由に対する脅迫)
- 「性的な画像をインターネットで拡散する」(名誉に対する脅迫)
- 「キャッシュカードを取り上げる」(財産に対する脅迫)
ただし、2点注意が必要です。
1つは、実際に保護命令が認められるためには、「更なる身体に対する暴力等により、その生命又は心身に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」と認められる必要があるという点です。精神的・経済的DVの場合には「心身に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」に該当するかどうかが問題となりますが、内閣府男女共同参画局のサイトでは、以下のように解説されています(※2)。
Q 「「心(精神)」への重大な危害を受けるおそれが大きい」の具体的な内容は何ですか。 A 「心身に重大な危害」とは、少なくとも通院加療を要する程度の危害であり、このうち、「心(精神)」への重大な危害としては、うつ病、心的外傷後ストレス(PTSD)、適応障害、不安障害、身体化障害(以下「うつ病等」という。)が考えられます。 Q 単に被害者の気分がめいっている場合についても該当するのでしょうか。 A 接近禁止命令等の要件において、更なる身体に対する暴力等により心身に重大な危害を受けるおそれが大きいことを求めており、「被害者の気分がめいっている場合」であっても、うつ病等で通院加療を要するものと認められないときは、接近禁止命令等が発令される場合には該当しないものと考えられます。 |
※2 https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/law/34.html
つまり、精神的DVを受けた者に保護命令の申立ての資格が認められるようになったといっても、実際に保護命令が発動されるためには、単に気分がめいっているだけでは不十分で、うつ病等の通院加療を要する症状が出ていることが必要であり、かつ、それを診断書等により立証する必要がある、ということです。改正前の「生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」も少なくとも通院加療を要する程度の危害が必要とされており、その証拠として診断書の提出が求められているので、同じように解釈されるということでしょう。
注意点の2つ目は、退去等命令の対象は身体的DVに限られたままという点です。
法文上、「被害者」の定義が「配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対する脅迫(被害者の生命又は身体に対し害を加える旨を告知してする脅迫をいう。)を受けた者」(改正前10条1項、改正後10条の2)から変わっていないということです。
【接近禁止命令等の期間伸長】
接近禁止命令(子や親戚等に対するものも含む)と電話等禁止命令(新設の子に対する電話等禁止命令も含む)の期間が、6ヶ月から1年へ伸長されました(改正後10条1項~4項。※3)。
※3 期間計算は、原則として、初日を算入しない、つまり、初日の翌日から起算する(初日の翌日を1日目として計算する)こととされています(民法140条)。しかし、DV保護法では、「命令の効力が生じた日から1年」ではなく「命令の効力が生じた日から起算して1年」と規定されているため(初日不算入の原則の例外)、初日(命令の効力が生じた日)を1日目として計算されます。
内閣府の調査により、6ヶ月を過ぎても加害者からの危害や脅迫等を受けるおそれが相当程度に上る状況にあったためです。
ただし、期間が伸長されたことに伴い、子に対する接近禁止命令と電話等禁止命令については、加害者が期間途中で発令の要件を欠くに至ったことを理由として命令の取消しを申し立てることができる規定も新設されました(改正後17条3項)。
【電話等禁止命令の禁止行為の拡充】
現行法で、被害者に対する電話等禁止命令の対象となる行為は以下のとおりです(10条2項)。恐怖心等から被害者が加害者の元に戻らざるを得なくなることや要求に応じて接触せざるを得なくなり、生命・身体への危険が高まることを防ぐ趣旨です。
- 面会を要求すること。
- その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
- 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
- 電話をかけて何も告げず、又は緊急やむを得ない場合を除き、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールを送信すること。
- 緊急やむを得ない場合を除き、午後10時から午前6時までの間に、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、又は電子メールを送信すること。
- 汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。
- その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
- その性的羞恥心を害する事項を告げ、若しくはその知り得る状態に置き、又はその性的羞恥心を害する文書、図画その他の物を送付し、若しくはその知り得る状態に置くこと。
2007年の改正(2008年施行)により、禁止行為の連絡方法に電子メールが加わりましたが、これ以降も通信手段やデジタル化の進展が見られました(簡単に言えば、スマホ等の普及やそのアプリ・機能の進化)。
このような進展に対応すべく、今回の改正では、以下の行為が追加されました(改正後10条2項)。
- 緊急やむを得ない場合を除き、連続して、文書の送付・SNS等の送信を行うこと(4号)
- 緊急やむを得ない場合を除き、午後10時から午前6時までの間に、SNS等の送信を行うこと(5号)
- 性的羞恥心を害する電磁的記録を送信等すること(8号)
- 被害者の承諾を得ないでGPSを用いて位置情報を取得すること(9、10号)
【子への電話等禁止命令の新設】
被害者と同居する未成年の子への電話等禁止命令が新設されました(10条3項)。ただし、被害者に対する電話等禁止命令と異なり、「面会を要求すること」と「午後10時から午前6時までの間の電子メールやSNSの送信等」は除外されています。
以下の事例のように、被害者が子に関して加害者と面会することを余儀なくされることを防止し、被害者に対する接近禁止命令の実効性を確保するためです。子に対する接近禁止命令と同趣旨です。
- 子への電話等により、被害者が、「戻らないといつまでも嫌がらせをされるのではないか」、「もっと怖い目に遭わされるのではないか」などといった恐怖心等から、被害者が配偶者の下へ戻らざるを得なくなる。
- 子が恐怖を抱くこと等により子が配偶者の下に戻った場合に、被害者自ら配偶者に会いに行かざるを得なくなる。
【退去等命令の期間の特則の新設】
退去等命令は、被害者と共に生活の本拠とする住居からの退去等を命じるものです。被害者がその間に転居のための引越し作業等ができるようにする趣旨です。現行法では、退去等命令の期間は2ヶ月とされています(※4)。被害者にとっては十分な期間でないことも多いでしょう(※5)。再度の申立ても可能とはいえ(18条)、それは被害者にとって大きな負担でしょう。
※4 2007年改正(2008年施行)により、期間が2週間から2ヶ月に伸長されました。
※5 もっとも、退去等命令については、裁判所は、加害者が生活の本拠を一時失うという不利益の大きさを考慮し、発令すべきか慎重に判断しているようです。そのため、自宅からの荷物の搬出等が終わった段階で退去等命令の取消しの申立てをする旨を申立書に記載することで、退去等命令を発令しやすくする例もあるようです。
今回の改正により、同居していた建物が、被害者が単独で所有又は貸借するものである場合については、被害者の申出により退去等命令期間を6ヶ月とする特例が新設されました(改正後10条の2)。
同居していた建物が、被害者が単独で所有又は賃借するものである場合は、被害者が退去せざるを得ないとした場合に被害者の権利の制約が大きい一方で、相手配偶者の居住の自由や財産権の制約の程度が小さいと考えられるためです。被害者としては、建物を売却したり賃貸借契約を解約して明け渡す時間的余裕が生じることになります。
【厳罰化】
現行法では、保護命令違反の罰則が1年以下の懲役又は100万円以下の罰金とされています。
保護命令は、被害者の生命等に重大な危害を受けるおそれが大きい場合に発令されるもので、それが違反された場合の被害は重大です。その相談件数は増加傾向にあり、保護命令違反は2022年には46件発生しているようです(※6)。
※6 違反件数は、近年は減少しているようですが、2021年は69件のようです。https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/69/nfm/images/full/h4-6-2-1.jpg
こうした事情から、保護命令違反の罰則が、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金と重くなりました(改正後29条)。