相続の際の使途不明金の問題

例えば、父(X)が亡くなり(既にその妻である母は亡くなっているとします)、別居していた子(A)がXの通帳を見ると生前、Xの生活には過剰と思われる金額の引き出しが散見され、同居していた子(B。Aのきょうだい)を問いただすも、納得いく説明がされない、というケースがあります。使途不明金の問題と呼ばれます。なお、X死亡後に預金が引き出されることもあり、これも使途不明金問題に含まれます。

使途不明金の問題は、被相続人(亡くなった人。上記の例ではX)と一方の相続人(AかB)との関係が良好でなかったり、あるいはそれを反映して、相続人同士の関係が良好でなかったりして、感情的な対立が絡むことが珍しくありません。

【法律関係】

仮に、Bが、Xの生前、Xに無断でその預金を引き出し、自分の生活のために使い込んでいたとします。以下、遺言はなかったとします。

この場合、Xは、Bに対して、不法行為に基づく損害賠償請求権または不当利得に基づく返還請求権(以下「損害賠償請求権等」といいます)を有していたことになります。

これらの権利はXの遺産に含まれるので、Aは、民法で定められた法定相続分(2分の1)に応じて、損害賠償請求権等を取得します(相続人はAとBのみとします)。ただし、遺言で相続分が指定されていれば法定相続分ではなく指定された割合(指定相続分といいます)によります(民法899条2項)。

これに対し、BがX死亡後にAに無断でX名義の預金を引き出し、同じく自分の生活のために使い込んでいた場合、Aは、自分が相続した預金の持分を侵害されたとして、Bに対して損害賠償請求等をすることができます。

問題が複雑なのは生前の使途不明金なので、以下では、このケースを念頭に置きます。

【遺産分割における処理】

【Bが使い込みを認めた場合】

例えば、X死亡時、Xには3000万円の預金があったが、BがXの生前に無断で1000万円を引き出し、自分のために使い込んでいたことを認めたとします。

遺産分割の対象となるのは、①被相続人が相続開始時に所有し、②現在(分割時)も存在する、③まだ分割されていない、④積極(プラス)の財産、とされています。
そして、損害賠償請求権等といった預貯金以外の債権は、可分債権といい、遺産分割の合意をしなくても、当然に相続分に応じて分割されるとされています。③を充たさないため、遺産分割の対象にならないということです。

そのため、原則として、現に残っている3000万円を1500万円ずつ分け、それとは別にAがBに対して500万円(1000万円×1/2)の損害賠償請求権等を取得する、という処理になります。

ただし、遺産分割は、相続人全員の合意があれば、②や③を充たさない財産も遺産分割の対象に含めることができるなど、柔軟性があります。もちろん、法定相続分と異なる割合での分割をすることもできます。

そのため、Bが使い込みを認めているのであれば、以下のような分割をして、 AとBの最終的な取り分を同じにすることもできます。裁判官が書いた本では、ⅡかⅣが多いとされています(ただし、あまり文献はないようですが、ⅡからⅣには1000万が贈与とみなされて課税されるリスクがあるかもしれないので、Ⅰが最も無難かもしれません。使途不明金がある場合には、税理士に相談することをお勧めします。)。

  1. 分割の対象となる遺産を4000万円(3000万円の預金と1000万円の損害賠償請求権等)とした上で、Bが1000万円の損害賠償請求権等と1000万円の預金を取得し、Aが2000万円の預金を取得するという方法(※1)。
    Bは自分に対する1000万円の損害賠償請求権等を取得しますが、自分に対する請求権は意味がないので(※2)、実質的に取得できるのは1000万円の預金のみということになります

  2. 分割の対象となる遺産を3000万円の預金と現金1000万円(Bが保管していると考える)とした上で、Aが預金2000万円、Bが預金1000万円と現金1000万円を取得するという方法(※3、4)

  3. 分割の対象となる遺産を現存する3000万円の預金とした上で、Bが既に1000万円を取得したとして、Aが2000万円、Bが1000万円を取得する方法

  4. 分割の対象となる遺産を現存する3000万円の預金とした上で、Bが1000万円の生前贈与を受けたとみなし、後述の特別受益の場合と同じ計算をし、Aが2000万円、Bが1000万円を取得する方法 

※1 この方法のバリエーションとして、Aが預金全額を取得し、Bに代償金1000万円を支払う方法もあります。預貯金を共同相続すると、解約等に不便なので、通常は、相続人の一人が預貯金全額を単独取得し、他の相続人に代償金を支払うことで調整します。
※2 法律的には、混同により権利が消滅することになります(民法520条)。
※3 ※1と同様、Aが預金全額を取得し、Bに代償金1000万円を支払う方法もあります。
※4 本文とは異なり、Bが引き出したのが相続開始後で、遺産分割前であった場合、相続人全員の同意または処分をした相続人を除く相続人の同意があれば、処分された遺産を存在するとみなして遺産分割することができることが明記されました(民法906条の2)。この場合、預金が4000万円であるとして分割されることになります。それを前提として、①Bが存在しているとみなされる1000万円と現に存在する1000万円、Aが現に存在する2000万円を取得する、②Bが存在しているとみなされる1000万、Aが現に存在する3000万円を取得し、AがBに代償金1000万円を支払う、という方法があり得ます。通常は②でしょう 

【BがXから贈与を受けたと認められる場合】

BがXから贈与を受けたことを認め、または証拠からこれを認定でき、これが特別受益(婚姻、養子縁組または生計の資本のための贈与)に該当する場合、次の様に遺産分割がされます(民法903条)。

①Aの相続分 (預金3000万円+Bが贈与を受けた1000万円)×1/2(法定相続分)=2000万円

②Bの相続分 (預金3000万円+Bが贈与を受けた1000万円)×1/2(法定相続分)-1000万円(Bが贈与を受けた1000万円)=1000万円

③3000万円を、①と②で算出された相続分(具体的相続分)に応じて分割します。つまり、Aが2000万円、Bが1000万円を取得します(※6)。

※6 誤解されることもありますが、Bが贈与を受けた1000万円を分割対象となる遺産に含めるわけではありません。分割の対象となるのはあくまで現存する3000万円です。特別受益などにより修正された相続分を「具体的相続分」といいますが、この具体的相続分を算出するために、特別受益の対象となる贈与の額を現実の遺産に加算する作業(下線部分)を行っているだけです。なお、この加算を「持戻し」といいます。持戻し後の遺産(額)を「みなし相続財産」といいます。ここでいうみなし相続財産と相続税法上のみなし相続財産とは完全に同じではありません。

【Bが使い込みや贈与を受けたことを否定する場合】

Bが使い込みや贈与を受けたことを否定する場合、例えば、①預金を引き出したのはX自身である、②自分が引き出したが、Xに渡した、またはXのために使った、などと弁解し、裁判所もBが贈与を受けたと認定できない場合は、次の様になります。

まず、遺産分割では、使途不明金を遺産に含めて処理することはできないので、遺産分割の対象となるのは現存する3000万円となります。

また、Bに特別受益があると認定することができないため、法定相続分(2分の1)の割合で分割されることになります。

したがって、遺産分割では、AとBが3000万円を折半することになります。

これに不満であるAは、遺産分割の手続とは別に、Bに対して、500万円の損害賠償請求等をすることになります。

なお、遺産分割は家庭裁判所の管轄ですが、損害賠償請求等は、簡易裁判所または地方裁判所の管轄になります。
そのため、前者と後者は完全に別の手続になります。

手続の流れとしては、家庭裁判所での遺産分割調停において、使途不明金を協議事項とすることは一応できますが、Bが使い込みや贈与を否定して使途不明金を含めて解決することの合意ができない見込みとなれば、遺産分割調停の協議事項から外され、簡易裁判所または地方裁判所での民事訴訟で解決することを求められることになります。Aからすると大変面倒ですが、遺産分割調停と並行して、又はそれが終わった後、簡易裁判所または地方裁判所に提訴する必要があることになります。

【損害賠償請求または返還請求の審理】

【Bが引出を否定した場合】

民事訴訟でBが引出を否定した場合、Aは、Bが引き出したことを立証する必要があります。

その立証のためには、Bが引き出したことを推認させる事実(間接事実)を積み上げていく必要があります。

例えば、次のような事実が間接事実となります。
ただし、BがXの通帳やキャッシュカードなどを使用できる可能性があることが前提となります。

  1. 問題となる引出と近い時期に、Bの口座に引出額に近い入金がある
  2. 払戻証書の筆跡がBのものである(払戻証書は、弁護士会や裁判所を通して確認できます)
  3. 引出に使われたATMがXにとっては不便な場所にあり、逆に、Bに便利な場所にある(取引履歴などからATMの場所がわかります)
  4. ⅲと関連しますが、Xが金融機関またはATMまで独力で移動できない、または引き出せる能力がない(医療記録などを取り寄せて立証します)

【Bが、Xに渡した、またはXのために使ったと弁解する場合】

例えば、次のような場合、裏付け証拠がなければ、裁判所はBの弁解を不自然と考えるようです。

  1. Xの生活状況を考えると、引出額が高額に過ぎる
  2. 引出額が高額であるのに、現金が残っておらず、契約書類や商品等の形跡もない
  3. 引出額が高額であるのに、BがXから使途を聞いていない

【Bが主張を変遷させた場合】

Bが、遺産分割の際に、Xが引出も贈与も否定したために、3000万円を折半せざるを得ず、そのため、Aが損害賠償請求等の訴訟を提起したのだが、Bが、実はXからもらった(贈与を受けた)、と主張を変遷させてAの請求の棄却を求めた場合、どうなるでしょうか?

本当に贈与であれば、Xの意思に反して預金を引き出したり使ったりしたわけではないので、不法行為や不当利得は成立せず、Aの請求は棄却されることになります。
しかし、贈与を受けたのであれば、遺産分割の際に特別受益として考慮され、Bの相続分が減ったはずです。
Bは、遺産分割においては、贈与ではないと主張して、特別受益によって相続分が減ることを免れ、訴訟においては、贈与されたと主張して、損害賠償請求等を免れようとしているわけです。
こうしたBの主張は、不当なダブルスタンダード(二枚舌)なので、信義則に反するとして許されないことになると思われます。
その結果、Bが引き出して自分のために使ったというAの主張が認められることになります。

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